こんにちは。
今日は、久しぶりに本を読んだのでそこで感じたことを発信します。
カズオ・イシグロさんの名作「わたしを離さないで」からちょうど10年ぶりに出された長編小説です。
記憶を失う霧が立ち込める中世イギリスを舞台に、アクセルとベアトリスの老夫婦が遠い地で待つ息子に会いに行くために旅をし、道中で様々な人と出会い交流していく物語。その先に待ち受けるのは愛なのか、憎しみなのか、ファンタジーに語られる傑作です。
この小説は、2015年に発表されました。設定が中世のブリテン島での老夫婦の冒険を描き、魔物や妖精が出てくるファンタジー要素とアーサー王伝説の神話要素を取り入れた仕立てとなっています。その物語の中で、記憶が支配する愛と憎しみのストーリーについて考察してみました。
※以下考察には、ネタバレを含みますので、本書をご覧で出ない方は注意ください。
それでは、「忘れられた巨人」を読んで感じた愛や憎しみの記憶について感想をまとめます。
物語の導入について
5、6世紀のイングランドは道のりが険しく魔物も生息するため、とても老夫婦にとって旅のしやすい場所ではありませんでした。なおかつ、当時のブリテン島には人々の記憶を忘却する霧が立ち込めており、過去の思い出が思い出せない。そんなある小さな村に住んでいたアクセルとベアトリスの老夫婦は、村の人々から虐げられるのから逃れようと遠い地に行ってしまった息子のもとまで旅を始めます。そこで会う少年や騎士との記憶を忘却する霧の正体を探しながら、記憶とは何なのか本当の愛とは何なのかを探っていきます。
私たちに記憶は必要なのか
本書では、かつて争っていたブリトン人とサクソン人の交流が描かれています。しかし、アーサー王時代には女や子供問わずにサクソン人を虐殺してきた歴史をがあり、書中でも骸骨などの面影が書かれています。幸か不幸か、記憶を消し去る霧の中では、虐殺をしたブリトン人も虐殺されたサクソン人も現状を特段気にしません。
そう、霧が消し去った記憶の中には、人々が以前より育んできた愛や思い出と一緒に、憎しみの感情も消していたのです。以下は、本書からの抜粋です。
この雌竜の息なしで、永続する平和が訪れただろうか。われらのいまの暮らしを見よ。この村でもあの村でも、かつての敵が同胞となっている。 (中略) この国が忘却に憩うままにしてほしい。
忘れられた巨人
私たちの現状はどうでしょう。過去の怨念に囚われ、復讐心によって戦争をする。またその戦争が、新たな復讐の連鎖を生んでいます。記憶を忘却する霧の原因となった雌竜を前に、霧が戦争による復讐心も消してくれたことに気づき、忘却のままでいてほしいと葛藤する騎士のように、私たちもまた復讐が連鎖するなら過去の記憶は忘れ去られたままの方がよいのかもしれません。今の私たちにこそ、記憶を消して過去をリセットする「霧」が必要なように思います。
本当の愛とは何なのか
「忘れられた巨人」では、様々な人の愛についても語られています。特に大きく書かれているのが、老夫婦の愛。
霧のせいで記憶を忘れられ、過去を探しながらも今ある思い出を一つ一つ積み上げていきます。しかし、今ある愛は過去からも同じだったのか思い出せない老夫婦の葛藤から、船頭さんの話を聞いていこうつぶやいています。
「分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?」って。あれからずっと考えてきて今でもときどき考えるけど、そのたびにとても怖いの
忘れられた巨人
亡くなった息子さんの待つ島へ渡る三途の川を守る船頭さんのもとに旅した老夫婦でしたが、過酷の旅の中で、不安に駆られながらも今を生き、今ある愛を大きくしていったように感じます。遠回りにはなったのかもしれませんが、最後には夫婦の愛の証明、本当の愛は船頭さん質問で確認できるものではなく、過去を思い出せなくとも離れ離れになったとしても、二人の心の中で繋ぎあっているものなのかもしれません。だからこそ、船頭さんが婆さんを連れて先に息子が待つ島に連れて行っても、爺さんは夕陽を真っ直ぐにとらえて先へ進んで行けたのでしょう。
結局、一番大きな旅をできたのは爺さんの方なのかもしれません。三途の川の前で行けなかったことを後悔する人とは違い、真っすぐと新たな未来を見据えることが出来た爺さんは、愛の決意を持って現実を受け止められることと思います。
読んで感じたことの考察
抽象的な表現の多かった本書。過去を忘れるとは何かのか、ほかの人から問われる愛の形とは何なのか。読者それぞれの生涯や経験からとらえ方は十人十色です。その曖昧でかつ繊細な内容について、読者の経験を重ね合わせて感じ取ってほしかったのだと感じています。
嫌なことがあった時、あなたは現実を受け止められますか?それとも本書のように記憶を忘却しないと生きていけないのでしょうか。
私は小さい頃には気づいていたのかもしれません。掴めないことを後悔するのではなく、これから掴めることに全力でありたいと。
私たちの世界は多くの過去の繰り返しで築き上げられています。私たちもまた、過去を背負いつつも、今を真っすぐと生きていきたいものです。
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